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東京高等裁判所 昭和31年(う)1805号 判決

控訴人 原審検察官

被告人 斎藤こと小橋豊太郎

弁護人 間宮三男也 外一名

検察官 八木新治

主文

被告人の本件控訴を棄却する。

原判決を破棄する。

被告人を懲役十月及び罰金二万円に処する。

但し、本裁判確定の日から四年間右懲役刑の執行を猶予する。

右罰金を完納することのできないときは金二百五十円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用は、被告人の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人間宮三男也作成名義、弁護人三輪一雄作成名義、東京地方検察庁検事正代理検事山内繁雄作成名義の各控訴趣意書にそれぞれ記載のとおりであるから、これを引用し、これらに対し当裁判所は、次のように判断する。

間宮弁護人の論旨第一、二点及び三輪弁護人の論旨第一、二点について、

売春とは、東京都売春等取締条例によれば、報酬を受け又は受ける約束で、不特定の相手方と性交することであり(昭和二十四年五月三十一日東京都条例第五八号第一条)、売春防止法によれば、対償を受け、又は受ける約定で、不特定の相手方と性交すること(昭和三十一年五月二十四日法律第百十八号第二条)であり、両者その趣旨とするところは、全く同一であると認められる。そして昭和二十二年勅令第九号婦女に売淫をさせた者等の処罰に関する勅令において売淫の意味に関しこれを規定するところはないけれども、同令第二条にいう売淫の意味についても前記法律及び条例にいう売春と同意味に解し、名義の如何を問わず経済的利益を反対給付として受け又は受ける約定で、不特定の相手方と性交することをいうと解するのを相当と思料する。ここに不特定の相手方とは、性交するときにおいて不特定であるという意味ではなく、不特定の異性のうちから任意に相手方を選定し相手方を特定しないということを意味する。従つて、男女間に結ばれる関係が反対給付として右にいう経済的利益を伴つている場合であつても、それが一般社会に間接的な関連を持つにとどまり直接且つ密接な影響を及ぼす関係にない、すなわち社会性を持たないかぎり、本条にいう売淫として問題とされる余地は存しないのであるが、たとえ、その相手方との関係が時間的に多少長きに及んでいても、その相手方との関係が終了すれば、更に次々と不特定の異性のうちの任意の一人と同じような関係を結ぶであろうことが予想される場合においては、矢張り相手方はここにいう意味において不特定であると解しなければならない。蓋し、売淫乃至売春が取締の対象となるのは、個人の尊厳を害する行為であることもその理由の一ではあるが、更にその社会の性道徳に反し、善良の風俗を乱す点において、より一層重大な悪影響を社会に及ぼすものであり反社会性が顕著であるからであつて、右の場合はもはや前にいう社会性を持たない当事者間の私的な取引としてこれを不問に付するを相当とする限界を越えているからである。そして更に不特定の相手方から任意の一人を選ぶということから、必然的にその行為の反覆継続性が存することを通常とするのであるが、偶々任意の一人との関係が一回かぎりであつたとしても、その行為の反覆継続性が予想され、不特定の多数と性交する意思にして認められる以上、これを本条にいう売淫といい得ることも亦当然の結論である。

次に、右法条にいう婦女に売淫をさせることを内容とする契約とは必ずしも三輪弁護人所論のように暴行脅迫困惑以外の方法で多少とも直接間接心理的にも婦女が売淫することを余儀なくされるというような内容であることの積極的な事実の存在を必要とすると解すべきものではなく、このような強制的な力の存否の如何に拘らず単純に婦女をして売淫させることを内容とする契約(その婦女が契約の当事者である場合は婦女が売淫することを内容とする契約)を意味し、このような契約が売淫をさせようとする者と売淫をしようとする婦女の父母その他の者、或は売淫をさせようとする者とその売淫をしようとする婦女との間に成立すれば足りるのである。尤も、この種契約を取り結ぶに至る事情は、例えば、貧困だとか営利だとかその他諸般の事情に基いてその当該婦女自身進んでこの道を選ぶ場合は多くなく多少とも心理的な強制が加わつてこのような契約をするに至ることはあり得ることであろうが、このような事情は契約締結の原因乃至縁由であつてそれ自体契約の要素に属しないこと勿論であつて、本条の解釈としてかかる多少とも強制的な事情の存在を要すとする必然的な理由は全く見い出し難いところである。又本件の場合のように性交することと反対給付の関係にたつ経済的利益の具体的な内容に関しては売淫をする婦女とその相手方となつた男性との間の個々の取引において取りきめられ、売淫をさせようとする者はこれにつき何ら関知するところがないとするもその者において売淫をさせんとする婦女に対し生活の援助等その名義は如何様であつても経済的利益を得るためには、その反対給付としてその貞操の提供、すなわち、性交をすることが条件であることを明示的又は黙示的言動により了解させて相手方となる異性を紹介するというこの種契約を結んだ以上、この者は正しく本条にいわゆる婦女に売淫をさせることを内容とする契約を売淫しようとする婦女との間に結んだものといわなければならない。

ところで原判決挙示の証拠によれば、原判示第一乃至第三の各犯罪事実を肯認するに十分であつて記録を精査検討しても右事実認定に何らの過誤ある廉を発見できない。なるほど、所論の指摘するとおり原判決挙示の証拠中原審公判廷における被告人の供述、証人佐藤登美子、同大西勝子、同深井俊子の各証言その他原審の採用していない原審公判廷における各証人の証言中には右犯罪の成立を肯定できないような供述が存するのであるが、これらはすべて原審の措信しなかつたところであり、当審においてもこの判断に誤があるものと認むべき心証を生じないものである。そして、このような原判決の認定と矛盾する証拠が証拠の標目中に挙示されている場合にはその部分はこれを捨て原判示に添う部分のみ採用した趣旨と解すべきものであつて、このような採証の方法は決して不当とはいえないものである。又原審が採用した被告人及び各証人の検察官に対する供述調書の任意性の有無については、原審証人高瀬芳朗の証言その他関係証拠を記録につき精査するに十分任意性を具備するものと認められ所論のように誘導強要その他任意性を疑わせるような事実はすべて存在しないものであることが明らかであつて、右各供述調書はそれぞれ法定の要件を具備するものと認められこれを証拠に採用することに何らの違法あるを見ない。

次に原判決は、所論の指摘するとおり弁護人の主張を排斥する理由として、「思うに婦女の貞操を対価取引の対象とするが如きは、多かれ少かれ婦女を束縛または強制して淫行をなさしめる結果を招来し、婦女の個人的自由の伸張を阻害する虞あり、公共の福祉のために、これを取締るのが前示勅令の精神とみなければならないのである。従つて契約の内容にして、婦女の淫行と婦女への利益提供とが何等かの意味において対価的関係にかからしめたものである限り、斉しく前示勅令第二条にいわゆる婦女に売淫をさせることを内容とする契約に該り、その利益が、不特定多数者に接し淫行の都度これを受くると、特定者を相手方とし生活援助等の名目下にこれを受くるとその間本質的に区別すべき理由は存しない。これを特に不特定多数者の場合にのみ限るべしとする弁護人の主張は理由なく、…………」と判示し、その字句において稍々その趣旨の明瞭でない部分が存するのであるが、抽象論として相手方の特定不特定に拘らず婦女への利益提供が性交行為と対価的関係にかかるような場合にはすべていわゆる売淫に該当する如き見解を示しているもののようであるが、若し然りとすれば、冒頭に述べるところに反しその見解は、相当でないといわなければならないのである。然しながら、具体的に本件において原判示の各事実とその挙示する証拠を対照検討してみると、原判示第一の佐藤登美子が昭和二十九年十月中旬頃原判示白鳥社に赴き同女の生活を援助し月四五千円を提供してくれる男子会員の斡旋を求め右白鳥社に入会を申し込むや、被告人においてその生活援助というのは同女の貞操を提供することを条件とするものであることを告げ、同女をしてこれを承知の上その斡旋紹介をした場合には入会金の外五百円を支払うことを約定させ、その結果、即日八木藤雄をその趣旨において紹介し、同女は右八木と共に八王子駅附近の旅館に一泊し性交し同人より金五百円をその対償として受領し、次いで同月下旬から二三週間内に被告人の前記趣旨による斡旋により次田輝一と大塚駅附近大川旅館において三回に亘り毎回金千円宛の対償を受けて性交した事実、原判示第二の大西勝子が昭和三十年一月二十日頃前同様一ケ月金一万円乃至金一万五千円の生活の援助をする男子会員の斡旋を求めて入会を申し込むや、被告人は前同様援助の趣旨を同人に諒承させた上、その紹介料として金千円を支払うべきことを約束させ、その結果その翌日同女は被告人より五十才位の重役型の人を紹介され同人と新橋の料亭において性交をして金三千円を受領し、次いで約一ケ月後又五十才位の他の人を紹介されその男と池袋東口旅館において性交し金三千円の対償を受け、更に同年四月頃前同様被告人より岡崎読蔵を紹介され、白山の待合において金二千円の対償を得て性交した事実、原判示第三の深井俊子が同年四月二十四日頃前同様月一万円位の生活の援助を求めて男子会員の斡旋方を申し込むや、被告人は同女に前同様生活の援助の趣旨を諒承させた上、その斡旋紹介をした場合には紹介料として金五百円を支払うべきことを約束させ、即日この人はどうかといつて朝鮮人風の男を引き合せたが、同女においてこの男を好まなかつたのでその日は斡旋が成功しなかつたけれども、二三日後被告人から四十五、六才位の男を紹介され、同女は、この男と新宿区の旅館において金千五百円の対償を受けて性交した事実が明らかである。このような婦女三名の行為は同女等が被告人の仲介により対償を提供してくれる男子甲にあらざれば乙、乙にあらざれば丙と不特定中の任意の一人と性交をする意思を有しており、且つ、その意思を表示して行動したものということができるのであるから、前に述べた意味において不特定者中の任意の者と性交したものに外ならないものであつてその性交の相手方は前に述べた意味において特定してはいないことが窺われるのである。然らば原判決はその抽象的な売淫の意味については間違つていても、結局具体的な本件事案においては被告人が前記勅令第九号第二条に違反する婦女に売淫をさせることを内容とする契約をした所為を認定しこれに対し正当な法条の適用を示しているものといわなければならない故、この抽象的な法令の解釈の瑕疵の故をもつて原判決を破棄する理由とはなし得ないものである。なお、原判示第一の佐藤登美子と次田輝一間の関係において証拠上右次田において右佐藤のためその居住すべき部屋を用意してやり、相当期間に亘りその関係が継続していた事実は窺えるのであるが、右次田において同棲する意思でないこと勿論であり更に右佐藤の前記認定の行動等に徴するときは、前に述べた意味における特定者との関係ではなくいわゆる売淫にあらずとするに由なきところであるから、上記認定の妨げとなる事柄ではない。

以上要するに原判示第一乃至第三の各犯罪事実について原判決には原判決を破棄すべき事実誤認、法令の適用の誤その他所論のような違法は結局発見するを得ないから、各論旨はいずれも理由がない。

検察官の論旨第一点について、

前記東京都売春等取締条例第四条に売春婦とは、所論において詳述するように前に両弁護人の論旨に対する判断としてその冒頭において説示したような意味において売淫(或は売春)をする婦女の意味と解するのが相当であつて、たとえ、その婦女が他に職業を有しそれによつて相当の収入を得ている場合であつてもその結論に変りはないものとしなければならない。

次に同条にいう客引をなすとは、周旋勧誘をすることであつてその場所の如何は問わないものであるから、その周旋勧誘が行われる場所についてはこれが街頭においてなされようと屋内においてなされようと何ら区別する要はないものである。本件において原判決は起訴にかかる東京都売春等取締条例第四条違反の被告人が白鳥社で男子を誘つて売春婦と性交することを勧める客引をした三個の所為について佐藤登美子、大西勝子が売春婦であることを認むる証拠がないから他の点につき判断するまでもなく犯罪の証明がないと判示しているのであるが、右両名が、或は、女優、或は、旅館の女中を業としていることは明らかであるが、なお前述したところにより右両名を売春婦と解し得ることも本件証拠上明らかであり又右両名の相手となつた八木藤雄、次田輝一、岡崎読蔵が前に述べた意味における不特定のうちの任意の一人であることも既に説示したとおりである。すなわち前掲証拠その他関係証拠によつて右起訴事実を認定するに十分であると思料されるのである。原判決は所論の指摘するような売春婦の意味について誤解したか、或は、証拠の取捨選択を誤つたことに基因するのか、いずれにするもその事実認定に過誤あるものといわなければならない、論旨は理由があり原判決中無罪部分は破棄を免れない。

同論旨第二点について、

所論にかんがみ記録を精査検討し、これに現われた本件犯罪の動機態様、被告人の経歴、職業、地位その他所論において指摘するような諸般の事情を参酌考量するときは、有罪部分に関する原判決の量刑はやや軽きに過ぎるものありと思料されるので論旨は理由があり原判決中有罪部分も破棄を免れない。

よつて被告人の控訴は理由がないから、刑事訴訟法第三百九十六条によりこれを棄却し、検察官の控訴は、前述するとおり理由があるから、同法第三百九十七条に則り、原判決全部を破棄し、同法第四百条但書に従い当裁判所自ら判決をする。

一  当裁判所の認定した罪となるべき事実

被告人は、東京都豊島区堀之内八十五番地において結婚等相談所白鳥社を経営しているものであるが、

第一(一) 昭和二十九年十月中旬頃右白鳥社において、佐藤尚子こと佐藤登美子が同女の生活を援助する男子会員の斡旋を求めて入会を申し込み来るや、同女に、その生活援助は同女の貞操提供を条件とするものであることを了承させて、これを承諾するとともに、その斡旋紹介した場合には紹介料として金五百円を支払うべきことを約諾させ、

(二) 昭和三十年一月二十日頃右白鳥社において、大西勝子が同女の生活を援助する男子会員の斡旋を求めて入会を申し込み来るや、同女にその生活援助は同女の貞操提供を条件とするものであることを了承させて、これを承諾するとともに、その斡旋紹介した場合には紹介料として金千円を支払うべきことを約諾させ、

(三) 同年四月下旬頃右白鳥社において、深井俊子が同女の生活を援助する男子会員の斡旋を求めて入会を申し込み来るや、同女に、その生活援助は同女の貞操提供を条件とするものであることを了承させて、これを承諾するとともに、その斡旋紹介した場合には紹介料として金五百円を支払うべきことを約諾させ、

もつてそれぞれ各婦女に売淫をさせることを内容とする契約をなし、

第二(一) 昭和二十九年九月中頃白鳥社名義をもつて内外タイムスに援助交際結婚等の広告をして援助交際等の会員の誘引をなし、その頃右広告に応じて同社の援助交際会員となつた八木藤雄に対し同年十月中旬頃前記白鳥社において売春婦佐藤尚子こと佐藤登美子を被援助者として引き合せ「この人は佐藤さんですがどうですか」と申し向け、

(二) 同年八月中旬頃前記白鳥社名義を以て内外タイムスに結婚交際援助等の広告をして援助交際等の会員の誘引をなし、その頃右広告に応じて同社の援助交際会員となつた次田輝一に対し同年十月下旬頃前記白鳥社において前記売春婦尚子こと佐藤登美子を被援助者として引き合せ「この人はどうですか」と申し向け、

(三) 昭和三十年四月末頃前記白鳥社の援助交際会員となつた岡崎読蔵に対し、その頃前記白鳥社において売春婦大西勝子を被援助者として引き合せ「この人は某デパートに動めている人ですが、お母さんが病気でお金に困つている人で月一万円位援助を受けたいといつていますがどうですか」と申し向け

てそれぞれ男子を誘つて売春婦と性交することを勧める客引をなしたものである。

一  証拠の標目

(イ)  全部につき

被告人の原審各公判期日における供述

被告人の検察官に対する昭和三十年六月三日付、同月八日付各供述調書の供述記載

押収に係る入会申込書二枚(当庁昭和三十一年押第五八五号の一)、白鳥社規約(同押号の二)、新聞内外タイムス五枚(同押号の一二)の各存在

(ロ)  第一の(一)、第二の(一)、(二)の事実につき

佐藤登美子の検察官に対する供述調書の記載

証人次田輝一の原審公判廷における供述

次田輝一、八木藤雄の検察官に対する供述調書の供述記載

(ハ)  第一の(二)、第二の(三)の事実について

大西勝子の検察官に対する供述調書の供述記載

岡崎読蔵の検察官に対する供述調書の供述記載

(ニ)  第二の(三)の事実について、深井俊子の検察官に対する各供述調書の供述記載

一  法令の適用

被告人の右第一の各所為は、いずれも昭和二十七年法律第百三十七号第一条第二号昭和二十二年勅令第九号第二条罰金等臨時措置法第二条に、第二の各所為は、いずれも前記東京都売春等取締条例第四条罰金等臨時措置法第二条にそれぞれ該当するので第一の点については各懲役刑、第二の点については各罰金刑を各選択して処断すべきところ、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、前者については同法第四十七条第十条により犯情の重い第一の(二)の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で、後者については同法第四十八条第二項によりその合算額以下において被告人を懲役十月及び罰金二万円に処するが、刑法第二十五条第一項を適用して右懲役刑については本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予し、同法第十八条に従い被告人において右罰金を完納することのできないときには金二百五十円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。なお、原審における訴訟費用は、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により全部被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 大塚今比古 判事 渡辺辰吉 判事 江碕太郎)

間宮弁護人の控訴趣意

第一点原判決は事実を誤認したものである。

原判決は罪となるべき事実として「被告人は、東京都豊島区堀之内八十五番地において結婚等相談所白鳥社を経営しているものであるが、第一、昭和二十九年十月中旬頃右白鳥社において、佐藤尚子こと佐藤登美子が同女の生活を援助する男子会員の斡旋を求めて入会を申込し来るや同女に、その生活援助は同女の貞操提供を条件とするものであることを了承させてこれを承諾すると共にその斡旋紹介した場合には紹介料として金五百円を支払うべきことを約諾させ、第二、昭和三十一年一月二十日頃右白鳥社において、大西勝子が同女の生活を援助する男子会員の斡旋を求めて入会を申込し来るや、同女に、その生活援助は同女の貞操提供を条件とするものであることを了承させてこれを承諾すると共にその斡旋紹介した場合には紹介料として金千円を支払うべきことを約諾させ、第三、同年四月下旬頃右白鳥社において、深井俊子が同女の生活を援助する男子会員の斡旋を求めて入会を申込し来るや、同女に、その生活援助は同女の貞操提供を条件とするものであることを了承させてこれを承諾すると共にその斡旋紹介した場合には紹介料として金五百円を支払うべきことを約諾させ、以て各婦女に売淫させることを内容とする契約を為したものである。」と摘示し被告人に懲役八月の刑を科したのであるが、右に指名された佐藤登美子、大西勝子、深井俊子等が何れも法令に所謂「売春婦」でないことは右判決自体が、被告人を売春等取締条例違反の点は無罪とした理由によつても明らかであり、且つ被告人の為したる白鳥社男女会員斡旋の行為が売淫の仲介でないことも明らかである。

然るに原判決は「同女にその生活援助は同女の貞操提供を条件とするものであることを了承させてこれを承諾すると共にその斡旋紹介した場合には紹介料として金千円を支払うべきことを約諾させ以て婦女に売淫をさせることを内容とする契約を為したものである」と事実を認定したのであるが、本件各証人等の証言に照し明らかに事実を誤認したものと言わなければならない。これを原審公判廷における証人等の供述について見るに、証人深井俊子は、「白鳥社に行つて被告人に会いましたか。会いましたが下検分に来たとも云えないものですから誰かよい人があれば世話して欲しいと申込みました。これに対し被告人は一度面会してよい人がいたら交際しなさいと云われました。援助と云う話は出ませんでしたか。出ません。警察や検察庁の取調に際しては証人が月一万円位援助してくれる人を探して欲しいと云うと被告人は一度に一万円も出す人はいないから三回位に分けて貰うようにしなさいと云つた旨述べているがどうですか。左様な会話はありません。そしてその時援助という話が出て援助とはどういう意味かわかつていると答えたと述べているがどうですか。左様なことを云つたおぼえはありません。会費を五百円払いませんでしたか。入つて三、四日たつてから払いました、これは白鳥社の会員となつた入会金です。会員になればどんなことをやつてくれるというのですか。私としましては適当な夫となる人を見つけてくれるものと思つておりました。その点について検察庁における取調に際し、相手の男から適当な金を貰つて性交する云々と述べていませんか。左様なことを云つたおぼえはありません。と述べて居り、同人の警察並検察庁の取調に対し、「警察では一時から七時迄調べられたのでぼうつとして何を云つたかわかりません。また検察庁でも事務官からお前は売春をしたのだから懲役五ケ月と罰金一万円だなどとおどかされました」と述べていること(原審第二回公判調書)。同じく証人大西勝子は、どういう後援者を求めていたのですか。女優という商売が商売なので相談をしたり援助をして呉れる人が欲しかつたのです。そこで被告人に会つた訳ですか。左様です。そうして只今申上げましたような申込即ち月一万五千円位援助してくれる人を探して欲しいと云つたところそれでは探してみるから明日来なさいと云うのでその日は帰宅しました。そして翌日再び白鳥社に行つて申込書に書き込んで待つていたところ午後七時半頃であつたと思いますが重役タイプの人を紹介されました。なおその際五百円の入会金を要求されましたが生憎持合せがないため払いませんでした。又、検察庁、警察の取調に対しては、「その際述べたことはどうですか。本日申上げたことが本当です警察ではただで金を呉れる人は無いのだから最初の時も二回目の時も泊つたんだからと云われたので早く帰りたい一心から左様ですと申上げておいたのです。結婚相談所に行つた訳は最初の時はオーバー代の借金、二度目、三度目の時はアパートの間代がたまつていた為だと述べているようですが。そのこともありましたが実際は後援者が欲しかつた為に行つたのです」と述べていること(原審第二回公判調書)。同じく証人佐藤登美子は、「白鳥社を知つていますか。はい。昨年十月半頃新聞広告でしりました。当時私は夫と別居し池袋の旅館の女中をしていましたが気持が混乱し非常に淋しかつたので心のよりどころとなる話相手を紹介して貰い度いと思つて入会申込をしたのです。新聞の趣旨を確めてから申込んだのですか。只今申上げましたような現在の心境を話し心の慰めになるような友達を紹介して下さいと小橋さんに云つただけです。その際申込料をとられましたか。申込料は五百円だと云われましたが持合せがなかつたので払いませんでした。相手を紹介した時には紹介料を貰うとは云われませんでしたか。云われません。新聞広告にある援助交際とはどんなことか尋ねてみませんでしたか。尋ねてみません。証人は援助金がいくらいくら欲しいという話はしませんでしたか。致しません」又、検察庁、警察に於ける取調に対しては、「警察検察庁で述べたことと本日述べたことと大分相違しているようだがどうかね。本日申上げたことが本当です警察では小橋は悪い奴なんだからそのように云わなければ駄目だよ、と云われまして。そこで証人は悪いように云つたと云うのですか。別にそうではありません。それでは警察の方が勝手に書いたというのですか。左様です。主任弁護人、警察で小橋のことについてどのように云われましたか。詐欺の前科が六犯位あると云いました。私に対し君達を逮捕してもよいと云われているのだと云つておりました。証人は次田と一緒に果物を持つて小橋のところに行つたことがありましたか。はい。よい人を紹介して載いたのでお礼旁々伺つた訳です。証人と次田の関係は所謂同棲という訳ですか。左様です。お汁粉を持つて私の部屋にきて下さつたこともありました。しかしその時兄がきていて田舎に連れ戻されたのですが次田さんから電報がきて再び上京したのです」と述べていること(原審第三回公判調書)。等を綜合して判断するときは、被告人が彼女等に対し貞操提供を条件とするものであることを了承させたものと言うことは出来ない、却つて被告人は原審で被告人が述べている通り「これ等の紹介はいづれも援助ということが目的になつていたのではないか」「殊更にそういうことをきいて相手の男に伝言したことはありませんが女の方としては交際をしているうちに援助を受けたいという希望があつたと思います」「そしていづれも所定の入会金と紹介料を貰つたか」「貰いました」「実際女の会員からも紹介料を貰つていたのか」「左様です」「規約はどこに掲示していたのか」「応接間の壁に貼つておきました」との陳述が真実であることを裏付けているものと言わなければならない。

原審は、公判廷に於ける被告人、証人等の供述を信用せず、却つて刑事訴訟法上例外的に採証せらるべき捜査当局の調書をとつて事実を認定しているのは著しく事実を誤認したものであつて、到底破毀を免れないものと確信するものであります。

第二点原判決は法令の解釈を誤つたものである。

原判決は前掲事実を認定して被告人に対し昭和二十二年勅令第九号第二条を適用し、同条に所謂「婦女に売淫させることを内容とする契約をしたもの」と烙印したのであるが、同条に売淫とは「婦女が対価を受け又は受ける約束で不特定の相手方と性交すること」であり判決の如く「契約の内容にして婦女の淫行と婦女への利益提供とが何等かの意味に於て対価的関係にかからしめたものである限り、前示勅令第二条に所謂「婦女に売淫させることを内容とする契約」に該当するとするのは余りにも類推拡張的解釈であると言わなければならない。蓋し、人の如何なる非行を以て犯罪と規定するかはもとより法律の定むるところであり各法律の目的によりその構成要件を異にするものであることは当然であるが、若し判決の要旨を貫くときは、売春法が除外している、所謂オンリー、妾、パトロン乃至或種の内縁関係、現地妻、アミー等々はいづれも判決が云う「多かれ少かれ」又は「何等かの意味において」対価関係にあつて、何れも犯罪たるを免れず、その社会通念上不当なることはもとより、罪刑法定主義の建前を根本的に蹂躙することとなる次第である。被告人が結婚、交際、援助等を紹介する以上男女間の性的結合を予想することは極めて当然であり、同時に男女性的取引に「多かれ少かれ」又は「何等かの意味に於て」経済的対価を伴うことあるも亦一般の事実である。それにも拘らず、男女間の継続的結合は所謂第二種の結婚でありこれを売春又は売淫と区別し、前者を放任行為とし、後者を現在は犯罪として規定するに至つたことは、売春法制定の経過に照し明らかである。然るに原判決は前記の通り独断的に解釈し、被告人に科刑するに至つたもので、法令の解釈を誤つたものとして到底破毀を免れないものと信ずる次第であります。

三輪弁護人の控訴趣意

第一点原判決は法令の適用に誤りがあつて、誤りが判決に影響を及ぼすことが明かであるから、破棄を免れないものと思料する。

一 原判決はその罪となるべき事実として、「被告人は、東京都豊島区堀ノ内八十五番地において、結婚等相談所白鳥社を経営しているものであるが、第一、昭和二十九年十月中旬頃右白鳥社において、佐藤尚子こと佐藤登美子が同女の生活を援助する男子会員の斡旋を求めて入会を申込し来るや同女に、その生活援助は同女の貞操提供を条件とするものであることを了承させてこれを承諾すると共にその斡旋紹介した場合には紹介料として金五百円を支払うべきことを約諾させ、第二、昭和三十年一月二十日頃、右白鳥社において、大西勝子が同女の生活を援助する男子会員の斡旋を、求めて入会を申込し来るや、同女にその生活援助は同女の貞操提供を条件とするものであることを了承させてこれを承諾すると共にその斡旋紹介した場合には、紹介料として金千円を支払うべきことを約諾させ、第三、同年四月下旬頃右白鳥社に於て、深井俊子が同女の生活を援助する男子会員の斡旋を求めて、入会を申込し来るや同女に、その生活援助は同女の貞操提供を条件とするものであることを了承させて、これを承諾すると共にその斡旋紹介した場合には紹介料として金五百円を支払うべきことを約諾させ、以て各婦女に売淫をさせることを内容とする契約を為したものである」と認定し被告人の右「特定の婦女に対し、その貞操提供を条件として当該婦女の生活を援助する特定の一人の男子会員の斡旋をすることを内容とする合意をした」との行為について、いづれも犯罪を構成するものとして有罪の言渡をしたが、その理由とするところは、「思うに、婦女の貞操を対価取引の対象とするが如きは、多かれ少かれ婦女を束縛または強制して淫行をなさしめる結果を招来し、婦女の個人的自由の伸張を阻害する虞あり、公共の福祉のために、これを取締るのが前示勅令の精神とみなければならないのである。従つて契約の内容にして、婦女の淫行と婦女への利益の提供とが、何等かの意味において、対価的関係にかからしめたものである限り、斉しく前示勅令第二条に、いわゆる「婦女に売淫をさせることを内容とする契約」に該り、その利益が、不特定多数者に接し淫行の都度これを受くると、特定者を相手方とし生活援助等の名目下に、これを受くると、その間本質的に区別すべき理由は存しない。これを特に不特定多数者の場合にのみ限るべしとする弁護人の主張は理由なく、これを採用することはできない。」から本件の場合特定者を相手方としたとしても生活援助等の名目下に、これを条件として貞操提供をすることを内容とする契約を為したと認められるから犯罪を構成するものであるというにある。

二 然しながら原判決のこの有罪理由は法令の解釈を誤ること甚だしいものであつて、到底容認し得るものではない。抑も(一)所謂「売淫」とは本件勅令の改正法であり、昭和三十三年四月一日から施行される売春防止法(昭和三十一年五月二十四日公布、法律第百十八号)で定義されているところの「第二条 この法律で「売春」とは対価を受け又は受ける約束で、不特定の相手方と性交することをいう」と同一意義に解釈すべきもので、即ち不特定の相手方と性交することをいうものと思料する。しかもこれは新法による新な概念規定でないことは、本件原判決で無罪とされた公訴事実に関する、売春取締条例でも「第一条、この条例において売春とは報酬を受け又は受けることの約束で不特定の相手方と性行することをいう」と定義されていることによつて明かであつて、又社会通念上も、不特定の相手方と性交するのでなければ「売淫」又は「売春」とみないことは顕著なことであると思料する。然るに原判決は「不特定多数者に接し淫行の都度これを受くると、特定者を相手方とし生活援助等の名目下にこれを受くるとその間本質的に区別すべき理由は存しない」として、即ちこの場合「売淫」とは「相手方が不特定多数者であるか、特定者を相手方としたかに関せず、いやしくも報酬乃至対価にかからしめた性交は売淫とみるべきである」と解釈しているのであるから、これは明らかに前記法令の定義と牴触し、又社会通念上の概念を著しく超越、逸脱した独自の見解に基くものであるといわなければならない。(二)又「売淫」若くは「売春」行為の要素としては、前示売春防止法及売春等取締条例の定義によつて明らかなとおり「対償」又は「報酬」を伴つたものでなければならない。而して右に所謂「対償」又は「報酬」とは如何なるものを指すかは、これ又社会通念に従つて判定すべきことも多言を要しないところである。即ち社会通念上「対償」又は「報酬」といえるかどうかということに帰着するが、一般的には貞操を単に経済取引上の商品乃至労働の価値のようにみた扱いをした「対償」又は「報酬」に該るかどうかを判定の基準とすべきものと思料する。従つて勢いこの場合にも若し相手方が特定者であつたならば初めより問題とされる訳がないのである。蓋し相手方を特定して貞操を提供するということは、それ自体既に経済行為とは考えられないからである。然るに原判決は「従つて契約の内容にして婦女の淫行と婦女への利益提供とが何等かの意味において対価関係にかからしめたものである限り、斉しく前示勅令第二条に、いわゆる「婦女に売淫をさせることを内容とする契約」に該り云々」と判示し恰も本件「生活の援助」と「貞操提供」とが「何等かの意味で対価関係にかからしめたもの、即ち売淫とこれに対する、対償、報酬の関係がある」と認定した。凡そ物事には社会通念上のそれぞれの類型を予想するものであるが、その形態、実質に照し、社会通念上「生活の援助」という形態、実質をもつたものを、仮に何等かの意味で対価関係があつたにせよ、婦女の貞操提供の「対償」「報酬」即ち経済行為としての性格をもつところの反対給付として考えられたことは未だ曾つてないのである。従つてこの点に関する原判決の見解は著しく社会通念に反する。(三)更に本件勅令第二条の「婦女に売淫をさせることを内容とする契約」とある、右に所謂「させる」ということの意味は、婦女が単純に「する」ということと同義でないことは明らかである。抑も不特定者を相手方とする、所謂「売淫」行為が、それ自体如何にいまわしい恥ずべき行為であつても、行為者自身を罰則を設けて取締ることについては従来から問題とされていたところで、前記売春防止法制定に際してすらも、憲法の保障する自由との関連と、現下の色々の社会事象から、そのこと自体の取締を断念せざるを得ないで、僅かに違法であると宣言するに止めざるを得なかつた位であるから、同法制定前は単純な売春行為自体は少くも違法とはされていなかつた関係で、惹いて売春周旋行為も違法とされず、従つて僅かに憲法の保障する婦女の人権の自由の伸長を阻害する虞ある周旋行為、即ち多少とも売淫することを強制し、又そのため束縛するような「婦女に売淫させる」目的の契約者を取締るために前記勅令第二条が設けられたのである。このことは売春防止法第六条、第十条と本件勅令第二条とを比較対照すれば容易に理解できるのであつて、売春防止法は勅令第二条と全く同旨の「第十条 人に売春をさせることを内容とする契約をさした者は云々」なる規定を設けたが、新たにこれとは別箇に「第六条 売春の周旋をした者は云々」という規定を設け、右法文の「周旋」という字句でこれまで取締対象でなかつた、前記「婦女が売淫することを目的とする契約」をした者を更めて、取締対象とすることを明かにした次第である。従つて本件勅令第二条違反の犯罪構成要件としては、当該契約が単に、「婦女が売淫すること」の内容を有するだけでなく更にその外に「暴行、脅迫、困惑以外の方法で多少とも直接間接心理的にも、婦女が売淫することを余儀なくさせること」の内容であることの積極的事実の存在を要する。然るに原判決は「思うに婦女の貞操を対価取引の対象とするが如きは、多かれ少かれ、婦女を束縛または強制して淫行をなさしめる結果を招来し」と判示し、恰も単純に売淫することを目的とする契約でありさえすれば右契約自体が婦女を束縛強制して淫行させる契約であるとし、第二条に違反するとの見解の下に「同女の生活を援助する男子会員の斡旋を求めて、入会を申込し来るや同女にその生活援助は同女の貞操提供を条件とするものであることを了承させてこれを承諾すると共に約諾させ、以て婦女に売淫をさせることを内容とする契約をなしたものである」と判示した。従つて原判決は、犯罪構成要件を欠いた、罪とならない事実を罪となるものと、法令を誤解したものであることは明白である。本件の如く単純に婦女が特定者を相手とし生活援助を条件に貞操の提供をすることを目的とする全ての周旋行為が、原判決のいうように、それ自体「婦女の個人的自由の伸張を阻害する虞があり」とすることにも、「公共の福祉のために、これを取締るのが前示勅令の精神とみなければならない」ことにもにわかに賛同し難いが、それはとも角として、その故に罪となるべき事実の有無に関する刑罰法令の解釈適用をゆるがせにし、著しく概念の演繹拡張をなすもので、罪刑法定主義の大原則にもとるものであると思料する。原判決はこのように軽々に「婦人の個人的自由の伸張」とか「公共の福祉」を云々し、本件勅令の精神を説いているけれども、こうした自由や公共の福祉とかいうものは、憲法以下法律全体によつて企図されている均衡と調和(憲法的秩序)の維持されることをいうのであつて、この観点からは、従来本件勅令や売春等取締条例、職業安定法、児童福祉法等の二三の売春を取締る法令があつただけで、誠に不十分であつた。これに比較すれば新に制定された売春防止法は現下の立法としては画期的なもので、民主的文化国家えの理想が十分くみとれる内容が折りこまれているわけである。しかしそうはいうものの現実には故ら規定されずに残された幾多のむづかしい重要課題があることも否めない。そしてこうした残された問題については民族の良心と政治の努力によつて解決してゆかねばならない訳で、これが売春行為に関する憲法的秩序の現状であることを見逃すことはできないのである。前記売春防止法第六条の売春の周旋等の処罰に関する新規定は、同法の附則でその施行が昭和三十三年四月一日からとなつている。何故売春行為の周旋等の処罰規定の施行に、このように長期の期間を置いたのかの理由が、主としてその間に所謂赤線青線の業者を転廃業させるためであることは公知の事実である。レツキとした売春行為の周旋をしている者に対してこのような措置を為し、せざるを得ないのが、これに関する憲法的秩序の現状であることを看過することはできない。まして本件はしかく明確に所謂売春と目されるようなことを周旋した案件ではないので、多少の疑義が仮にあつたとしても罪となるべき事実では絶対にないのであつて、原判決は明らかに法令を誤解しているものといわなければならない。

第二点原判決には事実の誤認があつて、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れないものと思料する。

一 判示の佐藤登美子、大西勝子、深井俊子が被告人の経営する白鳥社に入会申込したこと、その入会申込が、男子会員の紹介を受けることであつたことは事実である。

二 又被告人が右三名の婦女に入会の上は男子会員を紹介することを約して申込を承諾したことも事実である。

三 即ち被告人と右各婦女間の契約内容は被告人が男子会員を紹介してやることに尽きるのである。

四 仮に前記三名の婦女の入会申込に際して、生活の援助を求める趣旨の希望的言辞があり、被告人が、貞操提供を条件としなければ生活の援助を受けられないがそれでもよいですかと念を押して了承させ希望にかなう男子会員の紹介を応諾した如き事実があつたとして、これ等は単に入会の動機縁由であるに止まる。固より契約の際においては未知数且実現不確実な事柄であつて契約自体の内容としては、即ち当事者が権利を得、義務を負担する給付自体と目して合意されたものでないことは明白である。

五 従つて当事者が如何なる動機目的を持つていようと、そうした主観的目的、意図によつて、刑罰法令を適用する物事の客観的性質を左右することはできない。恰もマツチや、火焔瓶の理化学上の化学上の化学変化の理が同じであつても、そしてそれに公共の安全を紊す主観的目的意図が加えられたとしたところで爆発物とはいえないとの理は同じである。即ち契約内容と当事者の目的とは明白に区別しなければならないのであつて、本件では男子会員を紹介することを内容としたもので、これが本件契約の客観的性格なのである。

六 現に本件に於ても、記録上明白であるように、被告人が実際契約に基いてなしたことはと云えば、単に判示日時、自宅で各婦女に、それぞれ男子会員を紹介しただけで、それ以上進んで各婦女に生活援助とか、貞操提供のための便宜、例えば自宅の居間とか旅館料亭の指示斡旋をしたり等した事実なく、又婦女からそのような便宜提供方の申入れを受けた事実すらないことは、生活援助を条件とする貞操の提供をするとか、させるとかいうことが契約自体の内容をなしていないことの証左であると断言できる次第である。所謂店舗を構えて赤線青線の業者が、酌婦を置く際の契約や、芸妓置屋業者が芸妓を置く際の契約が所謂売淫することを内容とする契約であるとは雲泥の相違がある。

七 殊に契約内容についていえば、男子会員の紹介を受けることは、婦女の権利であつて、義務の性質をもつていないのみならず、実際上も、男子会員の紹介を受けざるを得ない束縛乃至強制は、直接、間接、心理的にも、全くなかつたことが記録上明白であるから、被告人が紹介したくも婦女が来ないこともあり得るし、まして将来紹介する男子会員が果して生活援助に応ずるか、貞操提供を条件とするかどうか等という、紹介後どうなることかわからないことまで、事前に請合うということは、考えられない筋合で、これを契約内容としたものと認定した原判決は、著しく経験則に違反して事実を誤認したものと断ぜざるを得ないのである。

検察官の控訴趣意

原判決は被告人に対する公訴事実(昭和三十年六月四日附起訴状及び同月十日附追起訴状各記載の事実)即ち被告人は東京都豊島区堀之内八十五番地に於て結婚相談所白鳥社を経営し新聞広告により同会の男女会員を誘引して援助交際等の名目で男子に売春婦を紹介すること等を業としている者であるところ、第一、(一)昭和二十九年十月中旬頃前記白鳥社に於て尚子こと佐藤登美子との間に同女をして右白鳥社に援助交際等名義で入会する男子を相手として売淫をさせ紹介料名下に五百円の手数料を徴する旨を約し以て婦女をして売淫させることを内容とする契約をなし、(二)昭和三十年一月二十日頃(備考-第九回公判期日に日時訂正)前記白鳥社に於て大西勝子との間に同女をして右白鳥社に援助交際名義で入会する男子を相手として売淫させ紹介料名下に千円の手数料を徴する旨を約し以て婦女をして売淫させることを内容とする契約をなし、(三)昭和三十年四月下旬頃前記白鳥社に於て深井俊子との間に同女をして右白鳥社に援助交際等名義で入会する男子を相手として売淫をさせ紹介料名下に五百円の手数料を徴する旨を約し以て婦女をして売淫させることを内容とする契約をなし、第二、(一)昭和二十九年九月中旬頃白鳥社名義を以て内外タイムスに援助交際結婚等の広告をして援助交際等の会員の誘引をなしその頃右広告に広じて同社の援助交際会員となつた八木藤雄に対し同年十月中旬頃前記白鳥社において売春婦佐藤尚子こと佐藤登美子を被援助者として引き合せ「此の人は佐藤さんですがどうですか」と申し向けて男子を誘つて売春婦と性交することを勧める客引をなし、(二)同年八月中旬頃白鳥社名義を以て内外タイムスに結婚交際援助等の広告をして援助交際の会員の誘引をなしその頃右広告に応じて同社の援助交際会員となつた次田輝一に対し同年十月下旬頃前記白鳥社に於て前記売春婦尚子こと佐藤登美子を被援助者として引き合せ「この人はどうですか」と申し向けて男子を誘つて売春婦と性交することを勧める客引をなし、(三)昭和三十年四月末頃前記白鳥社の援助交際会員となつた岡崎読蔵に対しその頃白鳥社に於て前記売春婦大西勝子を被援助者として引き合せ「此の人は某デパートに勤めている人ですがお母さんが病気でお金に困つている人で月一万円位援助を受けたいと言つていますがどうですか」と申向けて男子を誘つて売春婦と性交することを勧める客引をなしたものである。との事実中前記第一の各事実に付いては有罪の認定をなし被告人に対して懲役八月に処する。但し三年間右刑の執行を猶予する旨の言渡しをしたが他方前記第二の各事実に付いては犯罪の証明なしとして無罪の言渡しをしている。(判決-記録第四四六丁乃至第四五〇丁)

然しながら右判決中無罪部分に付いては事実の認定を誤つた違法があり、その誤が判決に影響を及ぼすことは明らかである外、この点を別にして有罪認定を受けた事実のみ取上げてみるも犯情に照らしその量刑著しく軽きに過ぎ失当であつて何れの点よりするも原判決は到底破棄を免れないものと信ずる。以下その理由を述べる。

一 原判決が前記公訴事実中売春等取締条例違反の部分を無罪とした理由は、右事実中に売春婦として摘示されている佐藤登美子及び大西勝子の両名が売春婦であることの証拠がないと謂うにある。売春等取締条例は売春婦とは何であるか直接に規定してはいないが条例第一条に″売春とは報酬を受け又は受ける約束で、不特定の相手方と性交すること″であると規定しているから、売春婦とは報酬を受け又は受ける約束で、不特定の相手方と性交をする婦女を云うと定義することが出来る。されば前記佐藤登美子及び大西勝子が右の定義に該当する婦女であるか否かによつて両名が売春婦であるか否かが決せられる。原判決は単に右両名が売春婦たる証拠がないと云うに留めて右の定義中のどの部分を充足していないと為しているのか明らかでないが両名とも報酬を受ける約束で相手方である八木藤雄、次田輝一及び岡崎読蔵他二名と夫々性交していることは記録中の両女並びに相手方たる右三名の男子の各検察官に対する供述調書及び被告人の検察官に対する供述調書の記載に明らかにされている。即ち被告人の昭和三十年六月三日附検察官に対する供述調書第九、一〇項には、九、去年の十月中旬頃此の白鳥社で私に佐藤尚子こと佐藤登美子さんが入会し度いと云いました。私は此の人に何を希望しますかと云いますと此の人は援助を希望しますと云いました。そこで私は此の人に援助金はどの位希望しますかと云うと此の人は月に援助金は四、五千円位貰い度いと思いますと云いました。そこで私は此の佐藤さんに援助と云うのはどういうことをすることかということは判つていますねと云うと此の佐藤さんは判つていますと云いました。一〇、援助というのは援助金を貰つて此の女の人が其の援助者と肉休関係を結ぶということだが、そのことは判つているかという意味で私は只今申した様に此の佐藤さんに援助ということはどういうことをすることかということは判つていますねと云つたのです、それから私は此の佐藤さんに援助金は一月分一度に呉れる人もあるし会う毎に呉れる人もあると申しました。(記録第二八八、二八九丁)(中略)其の日それから此の白鳥社で私は此の会の経済援助を伴う会員として入会していた八木藤雄さんに此の佐藤尚子さんを引合せて私は此の八木さんに此の人は佐藤さんですがどうですかと云つて紹介しました。此の佐藤さんに援助金を出せば此の人と肉体関係が出来るがどうですかと云う意味で私は只今申した通り此の佐藤さんを此の八木さんに紹介したのです。其の時私は外の同会の女の会員二人位を此の八木さんに紹介しました。それから此の八木さんは佐藤さんと相談してみると云いました。そこで私はこの佐藤さんに八木さんが貴女と相談し度いと云つていますがどうしますかと云うと此の佐藤さんはお願いしますと云つて此の八木さんと一緒に出て行きました。(記録第二九〇、二九一、二九二丁)(中略)今年の十月末頃此の佐藤さんが私に外の人を紹介して下さいと云いました。私は此の佐藤さんは八木藤雄さんを私が此の佐藤さんに紹介してから此の佐藤さんは八木さんから援助金を貰つて此の八木さんと肉体関係を結んだのではないかとその時思いましたが、此の佐藤さんが希望したので其の日それから此処で此の佐藤さんを次田輝一さんに紹介して此の次田さんに此の人はどうですかと申しました。其の時此の次田さんは此の佐藤さんに援助というのはどういうことか知つていますねと云いました。すると此の佐藤さんは知つていますと云つていました、其の時私は之を傍で聞いておりました。(記録第二九二丁)なる旨の供述記載があり、更に同年六月八日附被告人の検察官に対する供述調書第一項には、一、今年の一月二十日頃白烏社で只今此処で顔を見せて頂いた大西勝子という人が私に入会させて下さいと云いました。そこで私は此の人に交際というのは唯のお友達のお付合ですが援助というのは援助金を貰つて適当な場所で男の人と付合うことですと云いました。すると此の人は援助をお願いしますと云いました、そこで私は此の人に援助金は月いくら位を希望しますかと云うと此の人は月一万円から一万五千円位希望しますと云いました。そこで私は此の人に援助金は月一度にくれる人と付き合う都度くれる人もありますと云いました。そして私は知らない人に援助して貰うんですから只で援助してくれる人はないのですから援助ということはどういうことかということはよく解つていますねと云うと此の人は解つていますと云いました。男の人から援助金を貰う以上は其の人と肉体関係を結ぶことになるということは解つていますねという意味で只今申したように私は此の大西さんに云つたのです。其の日それから私は此の大西さんに入会金五百円と男の人を紹介したら其の時紹介料千円下さい此の金は男の人から援助金を貰つてから払つてくれてもいいですと云いました。すると其の日此の人は入会金五百円払い会員カードを書き私に渡してお願いしますと云いました。私が此の大西さんに援助者として紹介する人から此の女の人が援助金を貰つて此の男の人と此の大西さんも承知して私は此の大西さんを経済援助を伴う交際会員として此の白鳥社に其の時入会させたのです。其の翌日頃私は此の大西さんを五十才位の会社の重役という此の会の経済援助を伴う交際会員に引合せて此の人は大西勝子さんですと云つて紹介しました。そこで此の男の人は此の大西さんを援助することに決り二人は出掛けました。私は此の男の人と大西さんは此の男から援助金を貰つて肉体関係を結ぶものと思つていました。それから一ケ月程して此の白鳥社で此の大西さんを五十才位の会社の社長という白鳥社の同じ会員の人に紹介しました。私は此の大西さんは此の男の人から援助金を貰つて此の男の人と肉体関係を結ぶものと思つて只今申したように紹介したのです。今年の四月末頃此の白鳥社で岡沢一男という人が私に援助会員になりたいと云いました。そこで私は此の人に援助金は月に一万円位で之を月に一回に払つてもいいし女の人と適当に付合う都度払つてもいいと云いました。そこで此の人は会員カードを書いて私に渡しましたので私は此の人を此の会の経済援助を伴う会員として入会させました。其の日私は此の人に此の会の援助を受ける会員二、三人を紹介しましたが此の人がもつと外の人はいませんかと云いましたので其の日其処で私は此の岡沢さんに大西勝子さんを紹介して此の人は某デパートに勤めている人ですがお母さんが病気で困つている人で月に一万円位援助を受けたいと云つていますがどうですかと云つて紹介しました。此の大西さんに月一万円位援助金を出せば此の大西さんと肉体関係が結べますがどうですかという意味で私は紹介したのです。すると此の男の人は相談して見ますと言つて此の大西さんと出掛けました。私は相談が纒れば此の大西さんは此の男の人から援助金を貰つて性交するのではないかと思いました。此の岡沢一男さんという人は岡崎読蔵というのが本名だということは昨日私は此の人を巣鴨警察で見て解りました。(記録第三〇九丁乃至第三一五丁)なる旨の供述記載がある。他方八木藤雄の同年六月一日附検察官に対する供述調書には、その日それから白鳥社へ行き主人だと云う小橋豊太郎さんに会いました。此の時私は此の小橋さんに、援助交際とはどんなことですか、と聞きますと此の小橋さんは、援助と云うのは女の人に援助金をあげて適当な処で援助交際することで援助金は月極めでもいいし金の都合で逢う都度援助してやつても良いです。と申しました。此の時私は此の小橋さんの云う事は私が小橋さんに女の人を紹介して貰い此の女の人に援助と云う名目で此の女にお金をやればその人と性交しても良いと云う意味だと思いました。(中略)此の女は余り金がかかるので昨年十月中旬頃私は再び此白鳥社へ行き小橋さんに、此の前の女は金がかかつて仕方がないから他の女を世話して下さい。と申しますと此の小橋さんは、今日は適当な良い人がいるから紹介します。と云つて二十八、九才の佐藤尚子と云う人を私に紹介して、此の人は如何ですか。と申しましたので私は此の女の人に援助金を出せば此の人と肉体関係を結べるが如何ですかと云う意味で此の様に小橋さんが私に云つたものと思い此の小橋さんに気に入つたと申しますと、紹介料として千円くれ、と申しましたので私は千円此の小橋さんに支払いました。その日それから八王子の駅近くの飲屋で此の女と飲んでからその附近の旅館へ行き私は此佐藤尚子と一回性交し翌日帰る時此女に報酬として三百円やりました。(記録第一六三丁乃至第一六六丁)なる旨の供述記載があり、又次田輝一の同年六月一日附検察官に対する供述調書中には、其の年の十一月初頃此の白鳥社で此の小橋さんが私に女の人を紹介すると云いましたので此の人に金は前の通りでいいんですねと云うと此の人はそれでいいと云いました。其の日それから其処で此の小橋さんが私に佐藤尚子という女を引合せて此の女はどうですかと云いました。此の女の人に援助金を出せば此の女の人と肉体関係が出来るがどうですかという意味で此の小橋さんが私に只今申した様に云つて紹介したものと思いました。(中略)それから私は小橋さんの聴いている前で援助というのはどういうことか知つているだろうと此の女に云いました。それから私は此の小橋さんに紹介料千円と此の女の入会金五百円を払つたと思います。其の日それから先程申しましたと同じ大川旅館で私は此の佐藤さんと一回性交してその報酬として私は千円を此の女にやりました。(記録第一四六、一四七、一四八丁)なる旨の供述記載があり、更に岡崎読蔵の同年六月十日附検察官に対する供述調書には、今年の四月下旬頃と思いますが同じ会社の三輪さんが私に面白い所があるから行こうかと云うので私と三輪さんはその日それから巣鴨の白鳥社に行きました。此の時此白鳥社の斎藤こと小橋豊太郎に会いました。此小橋さんは私に、援助とは援助金を出して女を援助する事で援助金は一回に出さなくても月二、三回会う都度分割して払つて良いです。会う場所は旅館でも料亭でも適当な所で会つて下さい。入会したら入会金五百円と女の人を紹介したら紹介料として千五百円下さいと申しましたので私は五百円を払つて入会申込書に住所氏名等を出して申込みました。此時私は援助金を出して女を援助すれば此女の人と肉体交渉しても良いと云う意味で此小橋さんが説明したものと私はその時思いました。その日それから此白鳥社の応接間で此小橋さんは四人の女の人を紹介してくれましたが私が気にいらなかつたので断りますと最後に二十二、三才位の女を私に、此の人は某デパートに勤めている大西勝子でお母さんが病気でお金に困つている人で月一万円位援助を受けたいと云つていますが如何ですかと云つて紹介してくれました。私は此女の人が気にいつたのでその事を小橋さんに云いますと此小橋さんは紹介料をくれと云いますので千五百円支払いました。その日此白鳥社を出る時此小橋さんは、うまくやりなさい。気に入らなかつたらいくらでも女を紹介してあげますから、と云つておりました。その日私は此女と白山の待合で一緒に泊り性交して二千円此女にやりました。(記録第二二六、二二七、二二八丁)、なる旨の供述記載がある。しかして当の佐藤登美子の同年六月二日附検察官に対する供述調書第一、二項には、一、去年の十月十二、三日頃当時私の勤先の池袋駅附近の栄旅館で私は内外タイムスの広告欄を見るとそれに結婚交際援助白鳥という広告が出ておりました。そして之には電話の番号が書いてありました。二、其の時私は此の広告を見て此の援助というのは男の人から援助金を貰つてその人と肉体関係を結ぶことではないかと思いました。そこで私は此の会に入会して男の援助者を紹介して貰おうと思いました。其の日私は此の白鳥社に電話して入会したいと云うとその白鳥社の人は私にすぐ来て下さいと云いました。其の日それから此の豊島区堀の内の白鳥社でその経営者の小橋豊太郎さんに入会したいと云うと此の人は私に交際ですか援助ですかと云いましたので私は援助を希望しますと云いました。すると此小橋さんは私に援助金は月にいくら位希望しますかと云いましたので私は此の人に援助は月に四、五千円位頂きたいと云いました。そこで此の小橋さんは私に援助というのは援助金を貰つてその男の人と肉体関係を結ぶことになりますが解つていますねと云いましたので私は解つていますと云いました。それから此の小橋さんは私に一ケ月分を一度に援助金をくれる人もありますが旅館で関係する毎に援助金をくれる人もありますと云いました。それから此の人は私に入会金を五百円と一人の援助者を紹介する毎に五百円の紹介料を貰いますが此の紹介料は男の人から援助金を貰つたらその中から払つてくれてもいいです。会員カードを書いて下さいと云いましたので私はすぐ会員カードに私の偽名佐藤尚子と書きそれから之に住所や援助希望金額月五千円と書いて之を此の小橋さんに渡してお願いしますと云いました。(中略)其の日それから其処で此の小橋さんが私を八木藤雄という八王子の方の農家の人に引合せて此の人はどうですかと云つて私のことを紹介してくれました。それから此の小橋さんは私に此の八木さんが貴女を援助してくれることになつたから一緒に行つて下さいと云いました。そこで私は此の八木さんを紹介して貰つた紹介料として三百円を此の小橋さんに上げました。之は五百円を三百円に負けて貰つたのです。其の日その前に私は入会金五百円を三百円に負けて貰つて私は之を小橋さんに上げました。其の日それから私は此の八木さんと八王子の駅前でウイスキーとビール等を飲んでそれからすぐ其処の近所の旅館に行つて此の人と其処で一回性交しました。其の翌日其処で此の人と別れる時私は此の八木さんから此の性交の報酬として三百円を貰いました。其の後私は此の八木さんと交際はしません。去年の十月末頃か十一月上旬頃此の白鳥社に私が行きました。そこで此の小橋さんに私は八木さんと此の間八王子の旅館で関係して此の人から三百円しか貰えませんでした。一回千円位下さる人に紹介して下さいと云いました。そこで此の小橋さんは私にそれでは外の人に紹介しましようと云つて私を次田輝一さんに引合せて此の女の人はどうですかと云つて紹介しました。すると此の次田さんは此の小橋さんの聞いている前で援助というのはどういう意味か知つているでしようねと云いましたので私は解つていますと云いました。それから此の小橋さんは私に此の次田さんが貴女を援助してくれることになりましたから此の人と一緒に行つて話をして遊んだらいいでしようと云いました。それから此の小橋さんは私に此の次田さんが一回に千円づつ貴女に出して月に五回位貴女と付合つて全部で五千円位貴女に出すように云つておきましたと云いました。(中略)其の日それから大塚駅近所の大川旅館で私は此の次田さんと一回性交して私は此の人から此の報酬として千円貰いました。それから一週間目と二週間目に私は此の同じ旅館で此の次田さんと各一回づつ性交して其の都度私は此の人から報酬として千円づつ貰いました。(記録第一六八乃至一七五丁)なる旨の供述記載があり、大西勝子の同年六月八日附検察官に対する供述調書によれば、その日の午後八時頃私は此人に連れられて巣鴨の白鳥社へ行きました。白鳥社に行つて斎藤事小橋豊太郎に会つたところ、此の小橋さんはその時、援助と交際と云うのがあつて交際とは只の友達つき合だが援助とは援助を受ける人から月々援助金を貰つてつき合う事で会う場所は適当な所で良いです。と云いましたので私は此小橋さんに、援助をお願いします。と申しました。すると小橋さんは、月幾ら位の援助ですか。と聞きますので私は、一万五千円です。と申しました、此の時此の小橋さんは、援助金ま一回に払う人がいないから月三、四回に分けてその人と会う都度貰つて下さい。その会う場所は適当に決めて下さい。知らない人に援助して貰うには只で援助してくれる人はいないからそこの所は判つていますね。と申しました。此時私は此の小橋さんが私が援助金を貰つて援助してもらう人と肉体関係をするのだがその事は判つていますかと云う意味で云つたものと私はその時思いました。そこで私は此小橋さんに、お願します。と云つてその日は一旦家へ帰りました。翌日私は再び白鳥社へ行きますと此小橋さんが私に申込書を書かせ、入会金は五百円だがこれは男の人から援助金を貰つてからで良いですよ。と云われましたが私は五百円丈持つていたので支払いました。又此の小橋さんは私に、男の人を紹介したら紹介料として千円下さい。と云つて居りました。そこで私は此の白鳥社の四畳半で待つていると小橋さんが私を呼んだので行つてみますと五十位の男を見せて、此の人は某会社の重役さんです。と云つて紹介してくれ又私の事を相手の男に、此の人は大西勝子さんです。と云つて紹介しました。暫くすると此小橋さんが私に、相手の人は良いと云つているが如何ですか。と云いますので私も悪い感じではなかつたので此の人と白鳥社を出て新橋の料亭へ行き此人と性交して帰りにその報酬として三千円貰いました。二、それから今年の二月末頃再び白鳥社へ行つたところ前と同じ方法で此小橋さんが五十才位の男の人を、此人は某会社の社長です。と云つて紹介してくれました。そこで私は此の男の人とその日それから池袋駅東口の旅館で性交してその帰り報酬として三千円貰いました。三、その後今年の四月末頃又白鳥社へ行つたところ此小橋さんが私に三十才位の男の人を合せて、此の人は社長の秘書です。と云つて紹介してくれました。そこでその日それから私は此の男の人と巣鴨の近所の料亭で性交し、帰りにその報酬として二千円貰いました。以上の様に私は白鳥社の小橋さんに色々な男の人を紹介され此の人達からお金を貰つて肉体関係したことは間違ありません(記録第一五七乃至一六〇丁)。なる旨の供述記載がある。

以上の各供述記載を綜合すれば佐藤登美子と八木藤雄、次田輝一の間及び大西勝子と岡崎読蔵他二名の間には被告人を介し或は直接右両女と相手方との間において男より援助金名下に金員を提供する代り女からは男に貞操を提供すべき旨の了解が相互に成立すると直ぐ先づその了解の下に男女の性交が行われたのち右了解通りに男から女に金員の交付がなされたことが明らかである。而して前叙の如き経緯の下に男から女に対して交付された金員が女の貞操に対する対価的なもの即ち性交の報酬と認むべきものなることは健全なる社会通念に照らし疑を容れざるところであつて、佐藤登美子、大西勝子の両女が報酬を受ける約束で前記の相手方男子と性交をした婦女に該当することは明らかであると謂わなければならない。してみると残る問題は佐藤、大西両女の右の相手方の男子が条例に謂う不特定の相手方であるか否かと云う点である。原判決が一方において「売淫を内容とする契約」の成立した事実を認定しながら、他方において右両女が売春婦であることの証拠がないとしたのは或は両女の相手方となつた前記の男子が不特定の相手方でないと誤認した結果ではなかろうかと推察されるのであるが、若し然りとせばかかる原審の認定は次に述べる通りの理由により明らかに正鵠を失したものと謂わざるを得ない。即ち本件の場合、佐藤、大西両女とも、原判決の有罪部分(記録第四四六、四四七丁)に於ても明示され、更に前掲被告人の供述調書及び右両女の供述調書の記載にも明らかな様に白鳥社入会に際し未だ何人であるか全く不明である男子に対し貞操を提供して援助金名下にその報酬を受けることにつき被告人の仲介を依頼しているのであるから報酬と引換えに不特定の男子と性交する意思を有していたこと及びその意思を表示したことは極めて明白である。右両女が本件以前の過去に於て売淫の経歴を有しているか否か記録上分明ではないが仮に売淫経歴なきものとして判断しても本件の所為は売春のため初めて街頭に佇つた婦女の場合と実質的に何らの差異はないのであつて、只被告人が所謂ポン引の役割を引受けて前記両女と不特定の相手方男子との間に介在しているに過ぎないのである。されば佐藤登美子は先づ八木藤雄に面接し次いで次田輝一に面接し、他方大西勝子は五十才位の男子会員二人に相次いで面接し次に岡崎読蔵に面接しているが、たとえ此等男女の間にその後その性交渉を或る程度継続する意思が発生したとしても之がため同女等が当初報酬と引換えに不特定の男子と性交する意思を以つて被告人の仲介の下に夫々の相手方男子の前に現われ之と性交渉を持つに至つたと云う事実を否定することはできない。まして両女とも前掲各供述記載の示す如く極めて短期間に佐藤は二人、大西は三人と夫々相手方の男子を替えているのであつてその相手を替える場合の経緯からするも本件は全くゆきずりの相手との報酬だけが目当の性交渉と認められるのが相当であり、不特定の相手方との性交と認めるのが条理上至当である。

以上の理由により、佐藤登美子、大西勝子を売春婦と認定すべき充分なる証拠があるにも拘らず原判決が両女を売春婦と認むべき証拠がないとして売春等取締条例違反の訴因につき無罪の言渡をなしたのは明らかに事実誤認の過誤を冒した違法があり到底破棄を免れないものと思料せらる。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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